壁のなかで二人はあくまでも一人一人だった。難しい岩壁ではロープを結び、繰り出してもらうものの、万が一墜落するような事態になり、墜落を止められないとわかったら、ロープは離してもいいと決めていた。ロープを結ぶことは運命共同体を意味するが、巻き添えを食ったり、食わせるとわかっていたら結ばない。片方は逃げられるようにしておくのが本当の意味でのパートナーシップだと思った。一緒に死ぬ必要はないが、目の前で滑落していった仲間を見、現実に立ち返ったとき、登るにしろ下るにしろそれこそ厳しい判断を強いられるだろう。残された者のその後のサバイバルは相当なものだろう。だから二人だけで取り付くことは、お互い一人という強い自覚なしではできないことだった。
ChoOyu 8,201m 1994.9.24 長尾妙子、遠藤由加

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▲ by t-kashmir | 2010-06-30 20:00 | reading