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おろしや国酔夢譚 (井上靖 著 7冊目)

 1783年、伊勢白子(現鈴鹿市)の船頭である大黒屋光太夫は、江戸への航海途中に漂流し、アリューシャン列島のアムチトカ島に漂着。その後ロシア人に助けられ、シベリアの首府イルクーツクに滞在した。ここで学者のキリル・ラックスマンの援助で、帰国請願のためサンクトペテルブルクに向かい、1791年、エカチェリーナ2世に拝謁して、帰国の儀を聞き届けられている。b0146794_10181468.jpgb0146794_10174174.jpg









(写真はエカチェリーナ2世の肖像とエカテリーナ宮殿) サンクトペテルブルク(単にペテルブルクとも)はロシア帝国時代の首都でソ連時代のレニングラードである。ここにはエルミタージュ美術館があり、もともとはエカチェリーナ2世自身の美術品展示室であったものである。

帰国後の光太夫が伊勢へは戻れず江戸で幽閉の身になったということで何とも言えない暗い結末であるが、この小説が書かれた後に発見された資料では、江戸では比較的自由な生活を送っていたとのことで慰められた。
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by t-kashmir | 2012-05-29 21:00 | reading  

谷津バラ園

 船橋駅までの通勤途中にバラの美しい家が2件あり、毎朝それを観るのが楽しみになっている自分に気づいた。そこでお母さんを誘って谷津のバラ園に行った。遠景で眺めると色鮮やかで賑やかだが、ひとつひとつの花は結構開ききっていて既にピークを過ぎた感じである。バラは三分咲きくらいがいい。時期的には2週間程度遅かったか。
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 天気は快晴、日中の気温はどんどん上がり、早々に引き揚げた。船橋に戻りフェイスビルにある大戸屋で昼飯を食べてホッと落ち着いた。
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by t-kashmir | 2012-05-27 11:10 | family  

我が家の窓から

 東京周辺から見える金環日食は1839年以来173年ぶり。にもかかわらず我が家では誰ひとり観察用メガネを用意していない。
ところが7:30前後の空はどんより曇っており、流れる雲の隙間から太陽のリングが時折肉眼でよく見えた。子供たちも登校直前でかわるがわるひと目観ることができた。
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      (写真は金環のピークを少し過ぎた7:50の時点)
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by t-kashmir | 2012-05-22 07:50 | family  

風林火山 (井上靖 著 6冊目)

b0146794_1251133.jpg 山本勘助は、1561年(永禄4年)9月10日、上杉謙信、武田信玄の川中島第4次の戦いで討死。勘助が考案した啄木鳥戦法を謙信に見破られ不利にたった武田軍の責を認め単独200騎で敵陣へ駆け抜けた。私が生まれるちょうど400年前の歴史である。しかし、山本勘助は実在したようだが、信玄の軍師としての人物像は江戸時代の「甲陽軍鑑」における創作めいたものらしい。
風林火山:「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」(疾(はや)きこと風の如く、徐(しず)かなること林の如し、侵略(しんりゃく:おかしかすめる)すること火の如く、動かざること山の如し)
小説のラスト、「平原はその頃から全く表情を改め、陽は翳り、西南にはどす黒い雨雲がもくもくと涌き起りつつあった。」  これは「風と雲と砦」における長篠合戦の戦場となった設楽原の情景と同じである。1575年6月29日、長篠合戦において山本勘助が庇護した武田勝頼は織田信長、徳川家康軍の鉄砲に破れ、1582年、勝頼はさらに信長に追われ自害、ここに武田家は滅びることになる。
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by t-kashmir | 2012-05-12 13:28 | reading  

会津若松へ

 5月3日、4日と久しぶりに家族で旅行に出かけた。3日朝5:00、天気予報通り徐々に雨脚の強まる中を出発。東北道では土砂降り、悪天候のためか渋滞も殆どなく、クライミングでもないため岩の状態を心配することもなく、高速代も休日割引50%で気楽なものだ。家族で出かけて何することもないが4人一緒という空間は家にいてもなかなか無い。家族旅行を楽しんでという期待はさらさらないが息子も娘もとりあえず一緒に来るだけなかなかいいところがある。
 1日目AM、大内宿。雨は途中から小降りになった。悪天候でも観光客はぞくぞくとやって来る。
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 1日目PM、喜多方で定番のラーメンを食べ、私は会津ほまれの酒蔵で今晩の純米原酒を調達。(私の用はこれでおしまい。) そのあと磐梯高原の今晩の宿(ペンション)へ。
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 2日目は空が徐々に明るくなり時たま日差しが差すこともあった、かと思うと急に雨が降り出す不安定な天気。午前中に五色沼、猪苗代湖に寄り、昼食は会津若松のB級グルメ、大名ソースかつ丼(¥1,000)に行った。14:00に店に入り注文してから小一時間待たされた。しかし出てきたかつ丼のボリュームに娘も思わずケータイで写真。おかあさんは好きな味らしく娘と半分づつ残さず平らげた。私はミニ(¥450)にすればよかった。しかしミニの注文では小一時間は待てない! その後、娘にあかべこの色塗りをさせて、最後に飯盛山から鶴ヶ城を探し、白虎隊の墓に線香をあげて18:30に会津若松IC出発、途中羽生で15分ほどの渋滞があったものの順調で23:10に自宅着。特にどこが良かったということもなかったが裏磐梯の町や村の景色が美しく終わってみるといい旅行だった。
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 最近は自分よりも子供たちの方が忙しい毎日。今度はいつのことだろうか。
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by t-kashmir | 2012-05-03 10:30 | family