人気ブログランキング | 話題のタグを見る

夏草冬濤(上) (井上 靖 著) 15冊目 5/700 

夏草冬濤(上) (井上 靖 著) 15冊目 5/700 _b0146794_2350436.jpg 洪作は三島の伯母の家から約5キロ離れた沼津の中学まで小林、増田と通う。 洪作、明治40年生まれ、中学3年(15歳または17歳?) 従って、時は大正10年~12年。正月を湯ヶ島で迎えるための帰省の場面が良い。

 バスは下田街道のでこぼこ道を車体を大きく揺すぶり走っている。天城が見える!洪作は口の中で言った。故里の山々を仰ぐ厳粛な思いが何とも言えぬ感動で洪作の五体を満たしてきた。洪作は狩野川側の窓に顔をぴったりとつけて、遠くに見える天城の連山を飽かず眼を当てていた。

 洪作は幼い時、土蔵の二階の北側の窓から毎日のように下田街道を走る馬車を眺めたものであった。小学校六年生の時、馬車がバスに替った。 「洪ちゃ、バスが来るぞ。」おぬい婆さんが言うと、洪作はすぐこの窓へ駆け寄って来た。 「婆ちゃ、バスが来たぞ。」 反対に洪作の方が知らせてやると、 「どれ。」 おぬい婆さんもまたこの窓へ体を近づけて来たものである。   「よそで見る富士は見られたものじゃない。うちの土蔵から見る富士が日本一じゃ。」 おぬい婆さんは口癖のように言っていたが、洪作はそれをそのまま素直に信じていたのである。

by t-kashmir | 2012-11-13 09:00 | reading  

<< 二子山 (4週目) 二子山 (3週目) >>